第2号 : マーケティングを知る (磯野)

マーケティングを知る(磯野)

どのようなかたちであれ、人は自分にとって意味があると思わない限り、わざわざそれなりのお金を払って何かを買ったりそこに行ったりしはしません。では人はどのようなものに対して、その意味を見いだし、あるいはその意味を認めないのでしょうか。

私が担当する一連のマーケティング関連科目、その中での導入科目(学部初年次向科目)となる「マーケティングI」は、多くの大学でそうであるようにこの大学でも、学部の選択必修科目と位置づけられています(ほとんど必ず履修しなければならない科目)。そのために多くの学生がいわば「しかたなく」履修します。その「マーケティングI」の初回は、教壇に立つ私の側から見れば明らかに、受講生の目は輝いているわけではなく、教室の雰囲気もなんとなくどんよりとしています。なぜ、学部1年生でこれから初めて学ぶ学生にとって、「マーケティング」は人気がないのでしょうか。

理由は簡単です。単に皆、知らないからです。「マーケティング」とは何か。確かに多くの高校では(商業高校でない限り)「マーケティング」なんて科目を扱わず、従い高校で「マーケティング」を学ぶ機会はほとんどありません。「マーケティングI」の初回に、受講生に、「1.技術開発、2.財務、3.生産、4.販売、5.営業、6.知財、7.マーケティング、8.デザイン、9.人事、...これらそれぞれの職種の内容を簡単に記述せよ。」といった問題に答えてもらいますが、そこで「マーケティング」は他の職種と比較して圧倒的に低い正答率にあります。
しかもこれは実は高校生だけではありません。例えば大学を卒業し仕事をしている人たちであっても、「マーケティング」が何のことかを全く知らない人はたくさんいます。さらにはたとえ企業で「マーケティング部」に所属していても、そこでされていることは「マーケティング」とは違う、何か別のことであることも少なくありません。大人が知らなければ、高校生もまた知り得ようもありません。すなわち、「マーケティング」は世間一般には、あまり良く知られていないことなのです。何も知らないから、興味ももちようがない。

しかしその一方、一部の人、一部の企業は「マーケティング」ほど重要なものはないと考え、自社の「マーケティング部」を強化しています。企業によっては、例えその企業の「マーケティング部」に所属していない他部署の人、例えば技術開発、財務、生産、販売、営業、知財、デザイン、人事、等に所属する人も皆、「マーケティング」とは何かを十分理解し、日々の活動で実践すべきだ、と考えているところもあります。ではなぜ、「マーケティング」とはそれほどまでに一部の人、一部の企業では重要視されているものなのに、世間一般にはそれが何かすら知られていないものなのでしょうか。

ここは私もよく分かりませんが、一つには「マーケティング」がまだまだ新しい分野であるためでしょう。経済学に較べて経営学は歴史が浅いとよく言われますが、経営の中でも「マーケティング」はさらに新しい。しかしそれ以上に、「マーケティング」とは多分に、人の日々の行動や考え方に関わり、人とはどのような生き物で、どのように考え、どのように捉えられるべきか、といったような極めて基礎的で抽象的なものであるためかもしれません。それは、何かを作ったり計算したり育てたり、また単に売ったり買ったりするといったような具体的なこと以上のものです。まだ新しい考え方だし、それが何かは抽象的で説明しにくくて分かりにくい。だから結局、まだ世間一般には知られていないのではないか。

履修したばかりのときは何のことだかよくわからなかった「マーケティング」も、授業回を重ねるにつれて、受講生がそれに対してどんどん興味を持ち出すことも、見て取れます。だんだん目が輝いてくる。それがどれ程普段の自分の生活に密着したもので、自分の日々の行動や考え方に関わるものなのか、分かってくるからでしょう。「マーケティング」とは、冒頭に書いた、人はどのようなものに対してその意味を見いだし、その意味を認めないのか、それはどのようにして理解することができ、どのようにしてその人にとって意味あるものを生み出すことができるのか、そういったことを考えるものです。それは人が社会の中で他者のことを考え他者とやり取りし他者のために何かをしようとするための、一つの根源的な問題です。だからこそ、ある企業は、お客さんに自社のものを買ってもらうためにマーケティングを特に重要視し、またマーケティング部だけでなく他部署の人もマーケティングを理解し日々の活動で実践すべきと考えているのです。

「マーケティングI」の後、2年生では「マーケティングII」を受講します。今期開講しているその「マーケティングII」を受講している学生が、「マーケティングは難しいけど、おもしろい」と言っている、というようなことを耳にしました。そのように思ってもらえれば嬉しい限りです。自分にとっての全くの他人が何を考え、何が好きで何を求めているのか、それを完全に理解するのは原理的には不可能です。しかしそれでもそれに挑戦する、それが「マーケティング」です。そして「マーケティング」を通じて、他者にとって意味あるものを生み出すにはどうすればいいのか、そのことを考えるようになってもらえれば、本望です。

学生座談会